「いつかはアイアンマン」を密かに目指して、ちょこっと頑張る姿を家族が見守ってくれています。
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「新しき土」

「新しき土」 1937年公開の日・ドイツ合作映画です。

75年ぶりにリバイバル上映されていました。

ドイツ語のタイトルは「Die Tochter des Samurai (侍の娘)」です。

新しき土

1937年は日独伊防共協定が結ばれた年、日本とドイツの結びつきが次第に強固なものになっていく時期です。

この年に公開されたはじめての合作映画ですから、当然、政治的な背景を感じないわけにはいきません。

監督・脚本はアーノルド・ファンクと伊丹万作です。
伊丹万作は伊丹十三のお父さんです。

A・ファンクと伊丹監督の間で意見の対立があり、出来上がった作品も2つあるそうです。
今日観たのは、ファンク版です。

音楽を山田耕作が担当しています。
作詞は、北原白秋、西條八十です。

撮影協力には、円谷英二(円谷プロ初代社長)の名前もありました。

で、なんといっても、この映画の魅力はヒロインです。
75年経って上映された映画が、ほぼ満員になっているのは、彼女の魅力です。

原節子さんです。

原さんは、家庭の事情もあり15歳で映画の世界に飛び込まれ、すぐにデビューされます。
その時の役名が原節子だったので、そのまま芸名にされたそうです。

原節子

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蓮華寺山〜高城山
久しぶりに登ってきました。

登ったのは、蓮華寺山(374m)〜高城山(496m)です。
トレーニングを兼ねて、ペースを意識し、心拍数が上がるように登ってみました。

蓮華寺山

あと1ヶ月で宮島、ということでちょっとあせっています。

“ふくらはぎを鍛える、登り坂に負けない、長い距離に耐えれる”これが目標なので、山登りが一番いいトレーニングではないかと思っています。

なんといっても、精神的な充実感があります。
それと時々「ご褒美」があります。

この「ご褒美」、今日もありました。

瀬野川は、この時期は日に日に景色が変わっていきます。
山に向かう瀬野川沿いの道には、シャリンバイが咲き始めていました。

シャリンバイ
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明星院
明星院(みょうじょういん)は、先ほどの饒津神社の隣にある真言宗御室派の寺院です。
正しくは、南光月素月山大密寺明星院と号します。

開基についての正確な記録はありませんが、毛利輝元の生母・妙寿院の位牌所・妙寿寺(臨済宗)としてあったのを、毛利氏の長州移封の後、福島正則によって真言宗・明星院と改められ歴代藩主の祈願寺となりました。

毛利家・福島家を経て、浅野家時代には寺領400石を賜り、末寺八ヶ寺を有し大伽藍にして宏壮を極め、藩内五ヶ寺の一つとして、また城下真言宗一派の蝕頭を勤めた名刹です。
当山が最も栄えた文化文政時代(1804〜1829)の鎮国堂は、西日本随一の祈祷堂でした。

広島浅野藩4代・綱長により始祖浅野長政夫妻の位牌が安置され、9代藩主浅野斉粛(なりたか)により敷地の西半分に饒津神社 が建立されました。
その後、祭祀を司る別当職を兼ねていました。

天保4年(1833)の大火に災いされ、続いて明治の廃物毀釈により一時廃寺同様の悲運に遭遇します。

明治35年から12年をかけて、篤信の大願主・八木新兵衛翁が私財を投じ諸堂宇を建立し、市内随一の大伽藍となりましたが、昭和20年の原爆により、建造物・仏像・仏具などが焼失してしまいます。

その廃墟の中から復興され、今日の姿にいたっています。

数百年の間に、幾度となく激しい盛衰に身を置き、広島の歴史を知る古刹です。

↓ 中門です。

中門

風神と雷神の像が安置されていました。
最近まで、原爆によって焼け焦げた仁王像が安置されていたようです。
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饒津神社
今日は参詣したのは、饒津(にぎつ)神社です。

場所は、二葉の里です。

参道

主祭神は、浅野長政、幸長、長晟です。
安芸浅野藩・初代藩主が長晟で、その父は幸長、長政は祖父にあたります。

宝永3年(1706)、安芸浅野藩・4代藩主 浅野綱長によって長政の位牌堂が建立されたのが始まりです。
文化7年(1810)、7代藩主 重晟、8代藩主 斉賢(なりかた)親子によって新たな位牌堂が建立されます。

天保6年(1835)、9代藩主 斉粛(なりたか)が祖先追悼のため、現在地に社殿を建立、二葉御社とします。
明治6年(1873)、饒津神社と改称されます。

昭和20年(1945)の原爆で、石灯籠と手水桶、10数本の松が残るだけとなりました。
他の神社・仏閣と同様、多くの被爆者の避難所となりました。

1984年に本殿、拝殿、瑞垣が、2000年に唐門が、2005年に木製の大鳥居が再建されました。
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「忘れられた日本人」 (宮本常一)
「忘れられた日本人」 宮本常一
                1984年5月 初版 岩波文庫

忘れられた日本人

宮本氏ならではの本です。

日本各地の老人たちからの聞き書きを集めたものです。
雑誌『民話』に「年よりたち」と題して連載されてものに加筆・添削され、それに数編が加えられたものです。

はじめ伝承者としての年よりの姿を描こうとされていましたが、途中からは彼らが生きた時代そのものを描こうと気持ちの変化が生まれたのだそうです。

年寄りの口から語られる言葉そのものを、丹念に書き綴っていったものです。

その語り口に魅かれ、子どものころ昔話を聞きながら物語の中に入っていったように、いつの間にか私も宮本さんと一緒にタイムスリップしていきました。

村の仕組み、よく出来ています。
実にキメの細かい、合理的な組織です。
寄合い、観音講、世話焼きばっば、若衆組、娘仲間、隠居制度・・・・

これらのグループが、実に柔軟にいろいろな問題を、実に個人的な問題さえもうまく解決していくのに機能しています。
成文化された法律も、議事録もほとんどありません。
驚くほど公平で民主的なんです。

これらのことが、老人たちによって正確に伝えられていることにも驚きます。
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「塩の道」 (宮本常一)
「塩の道」 宮本常一
      1985年3月 初版 講談社

塩の道

宮本氏の民俗学、おもしろいですね。
おもしろいとか語弊がありますが、読んでいてワクワクします。

塩のはなし、食べ物のはなし、デザインのはなし、数千年のときの流れが解き明かされます。
そこには必ず人がいます、名もない「特別でない」民ですが、誰もが知っている歴史上の人物よりずっと温もりを感じる人の匂いのする民です。

牛をひいて歩いたところが道になり、雑草が生い茂る気候が「引く」文化を育み、稲や織物が軟らかい文化を生み出したのではないか、と言われます。

これらは仮説です。

その仮説が正しいかどうかは分りませんが、数千年に渡って暮らしてきた私たちの祖先が間違いなくいること、そしてわたしたちの文化の底に流れているものは、間違いなく祖先によって養われてきたものであることを感じます。

宮本氏の暖かい眼差しの先に、生き生きとした古人が姿を現します。
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クロボヤ峡
クロボヤ峡は、福富ダムに注ぐ沼田川の支流の源流にある渓谷です。
渓谷も美しいのですが、ここに自生するシャクナゲは広島県最大規模で、県の天然記念物に指定されています。

シャクナゲ保護のため、シーズン以外は施錠されていて、入ることが出来なくなっています。

今年の開門期間は、4月29日〜6月10日です。
(ちなみに、時間は9:00〜16:00です。)

樹齢50〜100年を越すホンシャクナゲが500本以上、はじめて観にいきました。

東広島市下竹仁にある上ノ原牧場(カドーレ)の前を通り山の中へ入っていきます。

峡谷に沿って車道は整備されていますが、せっかくでしたの歩いてのぼりました。
聞こえてくるのは、鳥の鳴く声とせせらぎだけ、最高に贅沢なハイキングコースです。

木々の若い葉は、まばゆいばかりに輝き、春から夏への季節の移ろいを教えてくれます。
岩の上で水が弾け、谷を伝う風は冷たくて気持ちよかったです。

↓ 途中にあった「シャクナゲ滝」です。

シャクナゲ滝
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聖光寺
聖光寺(しょうこうじ)に参詣しました。

場所は、先日お参りした国前寺の隣です。

山門

広島山・聖光寺は、昭和50年(1975)に二つのお寺が合併してできたお寺です。
(合併に至ったいきさつはよく分りません。)
それと、説明板とは別の縁起には昭和40年の合併と書いてありました。

二つのお寺は、洞景山・聖光寺と万松山・瑞川寺です。
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スペースワールド(今年も)
明日は子どもの日。

今日総務省が発表した数字です、日本の子どもの数は、前年より12万人少ない1665万人、31年連続の減少だそうです。
1950年以降の統計で過去最少を更新しました。

今年の1月、厚労省は将来の推計人口を発表していましが、それによると2060年まで毎年平均10万人ずつくらいが減り続け、半世紀後には8670万人くらいになると予想されるのだそうです。

と、なにかと子どもの数を巡っては、暗くなってしまう今日このごろです。

我が家の子どもたちはというと、パワー全開、数日前より「どこか遊びに連れてって」の大合唱。

連休中はどこも満員だし、山登りとかだったら喜んで連れて行ってやろうと思っているのですが、体力を使うところは嫌なのだそうです。

というわけで、今年もスペースワールド、行ってきました。

スペースワールド
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「生きなおす力」 柳田邦男
「生きなおす力」 柳田邦男 2009年4月初版 新潮社
              (2011年11月 新潮文庫)

生きなおす力

「生きなおす力」は、月刊誌「新潮45」に2008年の1月〜12月に連載されたエッセイを集めたものです。

年間3万人を超す自殺者の数が、生きにくい時代であることを現しています。
どうやってこの時代を生きていくのか、どのような生き方をすることによって社会が変わっていくのか、時評的エッセイながら、一貫してこれらの視点から書かれることによって、この本からは問題の解決にどんどん迫っていく力強いメッセージが聞こえてきますし、柳田さんの周りにおられる方々からも示唆に富んだヒントが届けられた思いがしています。

ケータイ・ネットの問題点については以前から指摘されていました。

この問題の恐ろしさについて、あらためて身震いするような思いで読みました。

ある母子サービス施設の出来事です。
十人ほどの若い母親達が授乳していたそうです。
お互いに話すわけでも、赤ちゃんを見つめるわけでもなく、黙々とメールを打っていたそうです。

10年前にはなかった光景でしょう。
本当に怖いのは、この話を聞いても「それがどうしたの?」と思われるぐらい、日常の光景になり、違和感なく受け入れてしまう私たちの感覚です。

母親と赤ちゃんのつながりが、ケータイによって断ち切られていきます。
これ、大袈裟なことではありません。
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